ARM版Debianの利点と欠点
ARM版Debianの利点と欠点
はじめに
近年、スマートフォンやタブレット、IoTデバイスなど、様々な分野でARMアーキテクチャを採用したデバイスが普及しています。Linuxディストリビューションの中でも、Debianは安定性と豊富なソフトウェアパッケージで知られており、ARMアーキテクチャにも対応しています。
この記事では、ARM版Debianの利点と欠点、利用事例、他のARM向けLinuxディストリビューションとの比較、将来展望について解説します。
M1 MacBookAirにUTMでインストールしてみて、それを参考に書いてみました。 お気に入りの環境です。
ARMアーキテクチャとDebianディストリビューション
ARMアーキテクチャとは 1 2
ARMアーキテクチャは、RISC (Reduced Instruction Set Computing) プロセッサアーキテクチャの一種であり、低消費電力、小型化、低コストといった特徴から、組み込みシステムやモバイルデバイスに広く採用されています。ARMアーキテクチャは、特定の命令が実行された際のハードウェアの動作を指示する一連の規則を規定しており 1、ハードウェアとソフトウェアのやり取りを定義する契約書のような役割を果たします。
Debianディストリビューションとは 3
Debianは、1993年にIan Murdock氏によって創設されたLinuxディストリビューションです。フリーソフトウェアを重視しており、安定性、セキュリティ、多様なアーキテクチャへの対応を特徴としています。Debianは、世界中のボランティア開発者によって開発・メンテナンスされており、パッケージ管理システム dpkg と apt を使用して、ソフトウェアのインストールやアップデートを簡単に行うことができます。
Debian GNU/Linux 12 は、以下のアーキテクチャ向けの完全なバイナリディストリビューションを提供しています 4:
amd64: AMD64 拡張付きの AMD 64 ビット CPU や EM64T 拡張付きのあらゆるIntel CPU をベースとした一般的な 64 ビットユーザ空間のシステム
arm64: 最新の 64 ビット ARM 搭載機器
armel: リトルエンディアン ARM マシン
armhf: ハードウェア浮動小数演算ユニット付き ARMv7 マシン用 armel の代替
i386: Intel 及び互換プロセッサをベースとしたシステム (Intel の386、486、Pentium、Pentium Pro、Pentium II、Pentium III、AMD や Cyrix その他によるほとんどの互換プロセッサ等)
ia64: Intel IA-64 (「Itanium」) コンピュータ
mips: SGI のビッグエンディアン MIPS システム (Indy やIndigo2)
mipsel: リトルエンディアン MIPS マシン (Digital DECstations)
powerpc: IBM/Motorola PowerPC マシン (Apple Macintosh PowerMac モデル等の一部と CHRP 及び PReP オープンアーキテクチャのマシン)
ppc64el: 64 ビットのリトルエンディアン PowerPC への移植版で、最近の複数のPowerPC/POWER プロセッサ
s390x: IBM System z マシン用の s390 を置き換える 64 ビット版
ARM版Debianの利点
ARM版Debianは、ARMアーキテクチャの特性とDebianの利点を組み合わせることで、以下の利点をもたらします。
省電力性 5
ARMアーキテクチャは、x86アーキテクチャと比較して消費電力が少ないため、ARM版Debianは、サーバーや組み込みシステムにおいて、消費電力を抑え、運用コストを削減することができます。5 では、ARMサーバー RL300 Gen11 が x86サーバーと同様の筐体サイズで、通常のデータセンターラックに設置できる例が紹介されています。
ARMプロセッサの動的な消費電力を抑える方法として、「DVFS」(Dynamic Voltage and Frequency Scaling) が挙げられます。6 によると、DVFSは電圧と周波数を動的に変化させることで、システムの負荷に応じて消費電力を最適化することができます。
小型化 7 8
ARMアーキテクチャは、小型化に適しているため、ARM版Debianは、限られたスペースに設置する必要があるデバイス、例えば、小型のサーバーやIoTデバイスなどに最適です。7 では、Debian が Linux・kFreeBSD カーネルや GNU ツールセットが必要とする以上のハードウェアを要求しないことが述べられています。
Debianは、幅広い種類のARMマシンをサポートするために、3つのARM移植版を提供しています 8:
ARM EABI (armel) 移植版: 古い32ビットのARM機器、特にNAS ハードウェアや様々なプラグコンピュータで利用されている機器を対象
ARM ハードウェア浮動小数演算 (hard-float) (armhf) 移植版: より新しく高性能な、ARMアーキテクチャ仕様バージョン7の32ビット機器をサポート
64ビットARM (arm64) 移植版: 最新の64ビットARM搭載機器をサポート
コストパフォーマンス 9 10
ARMアーキテクチャを採用したデバイスは、x86アーキテクチャを採用したデバイスと比較して、一般的に低コストです。そのため、ARM版Debianは、低コストで高性能なシステムを構築することができます。9 では、ArmがCortex-A5をDesignStartの対象に含めたことで、SoC製造の設計時間短縮やIPコストの低減が可能になったことが述べられています。
10 によると、Ubuntu (Debianをベースとしたディストリビューション) を提供するCanonicalは、テック企業、スタートアップ企業、行政、ホームユーザーなど、すべてのお客様に信頼性の高いオープンソースを提供することで、インフラストラクチャのコストを削減することに貢献しています。
組み込みシステムへの適性 11 12
ARM版Debianは、リアルタイム性や省電力性が求められる組み込みシステムに適しています。Debianの豊富なソフトウェアパッケージと安定した動作環境は、組み込みシステム開発において大きなメリットとなります。11 12 では、Debian が Linux カーネルや GNU ツールセットが必要とする以上のハードウェアを要求しないため、組み込みシステムに適していることが述べられています。
IoTデバイスへの活用 13 14
ARM版Debianは、IoTデバイスの開発・運用にも適しています。IoTデバイスは、小型化、省電力化、セキュリティが重要となりますが、ARM版Debianはこれらの要件を満たすことができます。13 では、EMLinux (組み込みLinux) が IoT・組込み機器において、最新技術の活用や効率的な開発に加え、サプライチェーンセキュリティ強化のため、システムの堅牢性や SBOM 活用によるトレーサビリティ(追跡可能性)の確保や、出荷後の脆弱性対応などが求められるようになっていることに対応していることが述べられています。
14 では、Armadillo-IoT G3 (IoTゲートウェイ) が Debian GNU/Linux 8 をSDブートすることで、microSDカードを取り替えることでシステムイメージを変更できる例が紹介されています。
ARM版Debianの欠点
ARM版Debianは、多くの利点を持つ一方で、いくつかの欠点も存在します。
ソフトウェアの互換性 4
x86アーキテクチャ向けに開発されたソフトウェアの中には、ARMアーキテクチャでは動作しないものがあります。そのため、ARM版Debianでは、利用可能なソフトウェアがx86版Debianよりも少ない場合があります。4 では、Debian GNU/Linux には、収録する全プログラムの完全なソースコードが収録されているため、Linux カーネルによりサポートされるあらゆるシステムで動作するはずであると述べられています。しかし、x86アーキテクチャ向けに開発されたソフトウェアの中には、ARMアーキテクチャでは動作しないものもあるため、注意が必要です。
パフォーマンス 8 15
ARMアーキテクチャは、x86アーキテクチャと比較して、処理能力が低い場合があります。そのため、ARM版Debianは、高負荷な処理を行うサーバーやデスクトップPCには向かない場合があります。8 では、ARM EABI (armel) 移植版が古い32ビットのARM機器を対象としていることが述べられており、処理能力が低い可能性があることを示唆しています。
一方、15 では、Ubuntu Server が ARM 上でサーバーグレードのパフォーマンスを提供すると述べられており、ARMアーキテクチャの性能向上により、ARM版Debianのパフォーマンスも向上している可能性があります。
開発環境 16 17
ARM版Debianの開発環境は、x86版Debianと比較して、整備が遅れている場合があります。そのため、開発ツールやライブラリが不足している場合があり、開発に苦労する可能性があります。16 では、Atmark Dist や開発環境 (ATDE) に含まれていないライブラリを使いたいときに、クロス開発用ライブラリをインストールする方法が紹介されています。
17 では、apt コマンドの引数に search を付けて実行することでパッケージの検索ができることが説明されています。
コミュニティの規模 10 18 19
ARM版Debianのコミュニティは、x86版Debianと比較して、歴史が浅いため、利用者や開発者の数は少ないかもしれません。しかし、18 で述べられているように、Debian ARM 移植版メーリングリスト ([メールアドレスを削除しました]) や linux-arm メーリングリストなど、活発なコミュニティが存在し、情報やサポートを得ることができます。
また、19 では、Visual Studio Code が Linux、Windows、macOS に対応していて、Intel系 CPU だけでなく ARM 系 CPU にも対応している OSS ベースの高機能エディタとして紹介されており、ARM版Debianの開発環境が充実しつつあることを示唆しています。
ARM版Debianの利用事例
ARM版Debianは、以下のような事例で利用されています。
組み込みシステム: 産業用機器、ネットワーク機器、家電製品など 8
サーバー: Webサーバー、メールサーバー、ファイルサーバーなど 20
IoTデバイス: センサーデバイス、ゲートウェイ、スマートホームデバイスなど 21
開発ボード: Raspberry Pi、BeagleBone Black など 22
23 では、La Frite という低価格なLinuxボードに Debian 10 をインストールし、ベンチマークテストを行った事例が紹介されています。La Frite は Raspberry Pi 3 と比較して、HDMI 2.0 や DDR4 RAM などの点で優れており、ARM版Debianの活用事例として興味深いものです。
ARM版Debianと他のARM向けLinuxディストリビューションとの比較 24 25 26
ARM向けLinuxディストリビューションは、Debian以外にも、Ubuntu、Fedora、CentOS、OpenSUSEなど、様々なものが存在します。24 では、ディストリビューションを 系列 によって分類できることが述べられており、Debian系列のディストリビューションは、パッケージマネージャー dpkg を使用して、オペレーティングシステムで実行されるソフトウェアを管理します。
ARM版Debianの将来展望 8 27
ARMアーキテクチャは、今後も様々な分野で利用が拡大していくと予想されます。ARM版Debianは、ARMアーキテクチャの進化に合わせて、さらなる発展が期待されます。8 では、Debian 開発者が ARM 移植作業をするために abel.debian.org (armel/armhf)、asachi.debian.org (armhf/arm64)、harris.debian.org (armhf) が利用可能であることが述べられており、ARM版Debianの開発が積極的に行われていることがわかります。
27 では、ICCAD2024 での中国芯片设计业现状、挑战与展望として、ARMアーキテクチャの進化と、それに伴う開発環境の充実が期待されています。
具体的には、以下の点が挙げられます。
ソフトウェアの互換性向上: x86アーキテクチャ向けソフトウェアとの互換性を向上させることで、より多くのソフトウェアが利用可能になることが期待されます。
パフォーマンス向上: ARMアーキテクチャの性能向上に合わせて、ARM版Debianのパフォーマンスも向上することが期待されます。
開発環境の充実: 開発ツールやライブラリの充実により、ARM版Debianの開発環境がより使いやすくなることが期待されます。
コミュニティの拡大: ARM版Debianの利用者増加に伴い、コミュニティが拡大し、情報やサポートが充実することが期待されます。
結論
ARM版Debianは、省電力性、小型化、コストパフォーマンスに優れ、組み込みシステムやIoTデバイスへの活用など、幅広い用途に適しています。その安定性とセキュリティは、サーバーや組み込みシステムに特に適しており、重要なアプリケーションに信頼性の高いプラットフォームを提供します。
一方で、ソフトウェアの互換性や開発環境の整備など、いくつかの課題も残されています。しかし、ARMアーキテクチャの進化とDebianコミュニティの活発な活動により、これらの課題は徐々に克服されていくと考えられます。
ARM版Debianは、今後も様々な分野で利用が拡大し、進化していくことが期待されます。特に、IoTやエッジコンピューティングの分野では、ARM版Debianの利点が最大限に活かされる可能性があり、今後の発展に注目が集まります。
引用文献
1. www.arm.com, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.arm.com/ja/architecture#:~:text=Arm%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%A3%E3%81%AF%E3%80%81%E7%89%B9%E5%AE%9A%E3%81%AE,%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
2. Armアーキテクチャ, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.arm.com/ja/architecture
3. 1.3. Debian GNU/Linux とは?, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.debian.org/releases/stable/s390x/ch01s03.ja.html
4. 第4章 互換性の問題 - Debian, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.debian.org/doc/manuals/debian-faq/compatibility.ja.html
5. 最近よく耳にする省電力メニーコアARMサーバーって実際どうなの? - HPE Community, 1月 9, 2025にアクセス、 https://community.hpe.com/t5/hpe-blog-japan/%E6%9C%80%E8%BF%91%E3%82%88%E3%81%8F%E8%80%B3%E3%81%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E7%9C%81%E9%9B%BB%E5%8A%9B%E3%83%A1%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%82%A2arm%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%AE%9F%E9%9A%9B%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%AA%E3%81%AE/ba-p/7224122
6. ARMプロセッサ活用法 - 低消費電力のための機能「DVFS」「IEM」のしくみ - マイナビニュース, 1月 9, 2025にアクセス、 https://news.mynavi.jp/techplus/article/20071112-arm/2
7. 2.1. サポートするハードウェア - Debian, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.debian.org/releases/stable/armhf/ch02s01.ja.html
8. Debian -- ARM 移植版, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.debian.org/ports/arm/index.ja.html
9. Armコアは低コストで導入できる! 「DesignStart」の活用で:初期費用も2段階に設定, 1月 9, 2025にアクセス、 https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/1812/05/news010.html
10. Ubuntu, 1月 9, 2025にアクセス、 https://jp.ubuntu.com/
11. 2.1. サポートするハードウェア - di.debian.org, 1月 9, 2025にアクセス、 https://d-i.debian.org/manual/ja.arm64/ch02s01.html
12. Debian GNU/Linux インストールガイド, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.debian.org/releases/stable/arm64/index.ja.html
13. IoT・組込み開発向け 組込み Linux ディストリビューション : EMLinux - サイバートラスト, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.cybertrust.co.jp/iot/emlinux/
14. Armadillo-IoT ゲートウェイ G3製品マニュアル, 1月 9, 2025にアクセス、 https://armadillo.atmark-techno.com/files/downloads/armadillo-iot-g3/document/armadillo-iotg-g3_product_manual_ja-3.3.2.pdf
15. Ubuntu for ARM | Download, 1月 9, 2025にアクセス、 https://ubuntu.com/download/server/arm
16. クロス開発用ライブラリをインストールする方法 - Armadilloサイト, 1月 9, 2025にアクセス、 https://armadillo.atmark-techno.com/howto/install-cross-libraries
17. 第3章 開発環境の整備と運用, 1月 9, 2025にアクセス、 https://manual.atmark-techno.com/armadillo-guide-std/armadillo-guide-std-software-development_ja-1.0.1/ch03.html
18. TechRepublic: News, Tips & Advice for Technology Professionals, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.techrepublic.com/
19. Windows | ダウンロード - Slack, 1月 9, 2025にアクセス、 https://slack.com/intl/ja-jp/downloads/windows
20. ARM用バイナリが使用しているライブラリのDebianパッケージ名 - Armadilloサイト, 1月 9, 2025にアクセス、 https://armadillo.atmark-techno.com/blog/53/1156
21. Armシングルボード向けLinuxディストリビューション「Armbian 23.11」リリース, 1月 9, 2025にアクセス、 https://thinkit.co.jp/news/bn/22611
22. Debianのパッケージに含まれるコンパイル済みのバイナリをArmadilloで動作させる方法, 1月 9, 2025にアクセス、 https://armadillo.atmark-techno.com/howto/use-debian-binary
23. 10 ドル Linux ボード La Frite に Debian 10 をインストールして Phoronix Test Suite で性能を計測する - Yutaka Kato, 1月 9, 2025にアクセス、 https://mikan.github.io/2019/11/23/setup-la-frite-with-debian-10-and-benchmark-using-pts/
24. 1.1 レッスン 1 - Linux Professional Institute – Learning, 1月 9, 2025にアクセス、 https://learning.lpi.org/ja/learning-materials/010-160/1/1.1/1.1_01/
25. Linux ディストリビューションとは?をわかりやすく解説 - Red Hat, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.redhat.com/ja/topics/linux/whats-the-best-linux-distro-for-you
26. Linuxディストリビューション15選!UbuntuやFedoraなど定番の種類も紹介 - Qbook, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.qbook.jp/column/1935.html
27. ICCAD2024:中国芯片设计业现状、挑战与展望 - 电子工程专辑, 1月 9, 2025にアクセス、 https://www.eet-china.com/mp/a373716.html
コメント
コメントを投稿